夜の大阪。ネオンの街に紛れて、一つの赤ちょうちんがほのかに灯っていた。
「スナック陽子」
それは、情報屋・陽子姐さんが作り上げた夜の社交場にして、秘密の情報交換拠点。
「兄ちゃん……今日で最後やな、休暇」
デルタは深いため息とともに、のれんをくぐった。
「ミッションの通知がきている。明日の朝には、基地に戻らねば」
シグマはそう言いながらも、少しさみしそうだった。
扉を開けると、そこには──
「いらっしゃい♪よう来たなぁ、覆面ボーイズ♡」
陽子姐さんがいた。
赤いドレスにスパンコール、いつものようにキセルをくゆらせながら、カウンター越しに笑っている。
「姐さん……元気そやな」
「そら元気よ。あんたらが組織の命令に背いてここ来た日から、うちの人生またおもろなったもん」
「別に背いてはない。休暇は正式に──」
「はいはい。堅いことはええのよ」
姐さんは二人のために特別なボトルを出してきた。
ラベルには手書きでこう書いてある。
「覆面ブラザーズ専用:解毒&覚醒ブレンド(ちょっと甘め)」
「な、なんやこのラベル」
「“解毒”と“覚醒”て、効能どっちに振っとんねん!」
「うるさいわねぇ。ええから飲み。今夜はサービスしたる」
乾杯のグラスが鳴る。
店内にはどこか懐かしい昭和歌謡が流れていた。
しばらくして陽子姐さんがぽつりと呟いた。
「……あんたら、最初は敵やったのにな」
「それは姐さんが俺らの機密ファイルをUSBで漏らそうとしたからや」
「せやけど今は……なんかちゃうな」
デルタが不器用に言った。
「ふふ……人は変わるもんや。悪の組織も、おっさんもな」
「……姐さん、もしかして今でも、組織の動向追っとるんか?」
「さあね。そんな野暮なこと、ここでは聞かんのが粋ってもんやろ?」
そのとき、カウンターのテレビが勝手に切り替わった。
【緊急ニュース:世界規模のハッキング未遂。関西某所に情報流出の痕跡──】
「あー、これP-01の仕業やな」
「奴もヒマしてるらしいからな」
「ま、あんたらには関係ない話や」
陽子姐さんはニッコリ笑った。
グラスが空になる頃、閉店の時間が近づいていた。
「……兄ちゃん、帰るか」
「せやな」
覆面を整え、立ち上がる二人に陽子姐さんが声をかける。
「またきぃや。休暇は終わっても、夜は逃げへんで」
シグマがうなずいた。
「その言葉、録音しときたかったな」
扉が閉まる。
夜風が頬をなでる。
「……さて、明日からまた任務やな」
「でも俺ら──ちょっとだけ変われた気ぃせえへん?」
「せやな。覆面の下の顔、ちょっと笑えるようになったかもしれん」
悪の組織のエージェント。
だけど今夜だけは、少しだけ、自由だった。
そして彼らは、再び闇へと戻っていった。
(完)
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【公演まであと2日】
稽古最終局面へ突入!
今回の『ミッション:おっさんポッシブル 〜VS覆面ブラザーズ〜』はただのコメディじゃ終わらない。
中年たちの“ガチの遊び”、目撃してくれ!
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