『覆面ブラザーズの休日 〜悪の組織にも休暇はある〜』第3話 スナック陽子、最後の夜

夜の大阪。ネオンの街に紛れて、一つの赤ちょうちんがほのかに灯っていた。

 

「スナック陽子」

それは、情報屋・陽子姐さんが作り上げた夜の社交場にして、秘密の情報交換拠点。

 

「兄ちゃん……今日で最後やな、休暇」

デルタは深いため息とともに、のれんをくぐった。

 

「ミッションの通知がきている。明日の朝には、基地に戻らねば」
 

シグマはそう言いながらも、少しさみしそうだった。

扉を開けると、そこには──

 

「いらっしゃい♪よう来たなぁ、覆面ボーイズ♡」

 

陽子姐さんがいた。

 

赤いドレスにスパンコール、いつものようにキセルをくゆらせながら、カウンター越しに笑っている。

 

「姐さん……元気そやな」

 

「そら元気よ。あんたらが組織の命令に背いてここ来た日から、うちの人生またおもろなったもん」

 

「別に背いてはない。休暇は正式に──」

 

「はいはい。堅いことはええのよ」

 

姐さんは二人のために特別なボトルを出してきた。 

ラベルには手書きでこう書いてある。

 

「覆面ブラザーズ専用:解毒&覚醒ブレンド(ちょっと甘め)」

 

「な、なんやこのラベル」

 

「“解毒”と“覚醒”て、効能どっちに振っとんねん!」

 

「うるさいわねぇ。ええから飲み。今夜はサービスしたる」

 

乾杯のグラスが鳴る。
 

店内にはどこか懐かしい昭和歌謡が流れていた。

 

しばらくして陽子姐さんがぽつりと呟いた。

 

「……あんたら、最初は敵やったのにな」

 

「それは姐さんが俺らの機密ファイルをUSBで漏らそうとしたからや」

 

「せやけど今は……なんかちゃうな」
 

デルタが不器用に言った。

 

「ふふ……人は変わるもんや。悪の組織も、おっさんもな」

 

「……姐さん、もしかして今でも、組織の動向追っとるんか?」

 

「さあね。そんな野暮なこと、ここでは聞かんのが粋ってもんやろ?」

 

そのとき、カウンターのテレビが勝手に切り替わった。

 

【緊急ニュース:世界規模のハッキング未遂。関西某所に情報流出の痕跡──】

 

「あー、これP-01の仕業やな」

 

「奴もヒマしてるらしいからな」

 

「ま、あんたらには関係ない話や」

陽子姐さんはニッコリ笑った。

 

グラスが空になる頃、閉店の時間が近づいていた。

 

「……兄ちゃん、帰るか」

 

「せやな」

 

覆面を整え、立ち上がる二人に陽子姐さんが声をかける。

 

「またきぃや。休暇は終わっても、夜は逃げへんで」

 

シグマがうなずいた。

 

「その言葉、録音しときたかったな」

 

扉が閉まる。
 

夜風が頬をなでる。

 

「……さて、明日からまた任務やな」

 

「でも俺ら──ちょっとだけ変われた気ぃせえへん?」

 

「せやな。覆面の下の顔、ちょっと笑えるようになったかもしれん」

 

悪の組織のエージェント。
 

だけど今夜だけは、少しだけ、自由だった。

 

そして彼らは、再び闇へと戻っていった。

(完)

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【公演まであと2日】
稽古最終局面へ突入!
今回の『ミッション:おっさんポッシブル 〜VS覆面ブラザーズ〜』はただのコメディじゃ終わらない。
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